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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)22号 判決

原告

山崎醸造株式会社

右訴訟代理人弁理士

牛木理一

被告

石山味噌醤油株式会社

右訴訴代理人

石田浩輔

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。

(特許庁における手続)

一  原告は、別紙その一記載のとおり「越後獅子」の文字を左横書きしてなる登録第九七五六三七号商標(昭和四五年二月一〇日第三一類「調味料」を指定商品として登録出願、昭和四七年八月一六日登録。)の商標権者であるが、被告が昭和四七年一〇月一三日右商標についてした登録無効審判の請求(昭和四七年審判第七二六五号)に基づき、特許庁は昭和五一年一一月三〇日右商標の登録をその指定商品中みそについて無効とする旨、本訴請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は昭和五一年一二月二三日原告に送達された。

(審決の理由)

二 右審決は次のように要約される理由を示している。

本件商標は、これを構成する「越後獅子」の文字から「エチゴジシ」の称呼とともに越後国(新潟県)西蒲原郡から出る獅子舞の意味の「越後獅子」の観念を生じる。それは、又の名を「角兵衛獅子」ともいい、子供が小さい獅子頭を頂き胸に鼓をつけ、たつつけ姿に足駄の服装で、身をそらせ逆立ちして、手で歩くなどを演じる旅芸として、世人によく知られている。

ところが、別紙その二記載の構成にかかる登録第七七六五八三号商標(昭和四一年一月一四日第三一類「越後みそ」を指定商品として登録出願、昭和四三年三月三〇日登録。以下引用商標という。)の下方に顕著に表示された逆立ちする子供の図形は、前述の馴染深い「越後獅子」の特徴を有し、容易にこれを図案化したものと認められ、その上方に表示された文字等と必ずしも不可分一体の関連を有するものとは認められず、また、その附記、附飾的な部分にすぎないものとも認められないから、これを自他商品の識別標識として取引される場合も決して少なくないものと判断するのが相当であり、これによつて「エチゴジシ」(越後獅子)の称呼、観念も生じるものといわざるを得ない。

したがつて、本件商標は、引用商標と「エチゴジシ」(越後獅子)の称呼、観念を共通にする類似の商標というべきであり、また、その指定商品中「みそ」について、引用商標の指定商品と同一または類似の商品と認められるから、結局、「みそ」を指定商品とする限度において商標法第四条第一項第一一号に違反して登録されたものであるから、同法第四六条第一項第一号の規定により、指定商品「みそ」についてその登録を無効とすべきである。

(審決の取消事由)

三 しかしながら、右審決は、本件商標について、引用商標との次のように誤つた類否判断のもとに、その登録を無効としたものであるから、違法であつて、取消されるべきである。すなわち、

1  審決の理由中、本件商標を構成する「越後獅子」の文字から生じる観念、「越後獅子」についての世人の知識、引用商標の下方に表示された図形の対象、これから生じる観念、その自他商品識別機能、両商標の称呼、観念の共通性に関する認定はすべて事実に合致しない。

2  引用商標は、審決認定のように、別紙その二記載の構成を有するが、別紙その三の構成にかかる登録第三七五二七七号商標との連合商標として登録されたものであるから、引用商標の構成中、その上部に右登録商標の標章を含んで表示された「越後味噌」の部分は本来の商標すなわち商標の要部であつて、現にこれを標識として商品が取引され、その出所識別機能を果し、その下方に表示の獅子舞の図に似た図形(模様)は、端的に言えば、越後味噌という商品の掛け紙または商標を飾る目的に使われる模様(これは意匠法にいう「意匠」にほかならない。)の意味しかなく、現に商品の包装袋及びレツテルに付加付飾的態様で使用された装飾的効果(意匠的機能)を果している。そして、その要部たる「越後味噌」の表示をことさらに離れて単なる模様にすぎない獅子舞の図形部分だけにより商品が取引されてはいない。したがつて、引用商標の右のような各部分がいずれも商標の要部としてそれぞれ特別顕著性を有するとみるのは当らない。

仮りに、その図形(模様)部分がいわゆる「エチゴジシ」(越後獅子)を想起させても、それは、商標の本体たると関係のない包装袋、レツテル上の模様に対する認識に止まり、商品の出所識別に寄与するものではない。審決が右部分を付記付飾的部分とも認められないとして、これから生じる称呼、観念のみによる商品取引の可能性を認めたのは引用商標の形式的観察に基づくものであつて、もとより誤りといわなければならない。

3  なお、文字及びこれと関係のない図形の付加付飾からなる既登録商標の図形(模様)の部分と称呼、観念を共通にする文字からなる後願商標の登録例が多数存在する(甲第四、第五号証、第六、第七号証、第八、第九号証の各対比)が、これらは、いずれも、右のような先願商標においては文字部分だけを要部とする考方が特許庁の実務において広く妥当していることを示すものである。

4  以上の理由により、引用商標がその構成中の図形(模様)に相応して「エチゴジシ」(越後獅子)の称呼、観念を生じるとし、本件商標とその称呼、観念を共通にする類似の商標であるとした審決の判断は誤りである。

第三  答弁〈省略〉

第四  証拠〈省略〉

理由

一前掲請求の原因事実中、原告に商標権のある登録商標についてその登録を無効とする旨の審決の成立に至るまでの特許庁における手続並びに審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二そこで、右審決の取消事由の有無について考察する。

1  引用商標の構成及び指定商品が審決認定のとおりであることは原告の認めて争わないところであるが、その構成の上部において四角い二重枠(単なる付飾にすぎないと認めるのが相当である。)に囲まれた「たのしい食事に越後味噌」という表示は、「たのしい食事に」及び「越後味噌」の部分が商品の品質、産地を示す記述的標章であるから、の部分に識別力(特別顕著性)が認められるにすぎず、右二重枠の下方外側に描かれた逆立ち姿の子供の図形は、一見しただけで、かつては越後から出た旅芸として世間に広く知られた「越後獅子」の特徴が看取され、これを図案化したものであることが明らかであるから、識別力を十分に認めることができる。したがつて、引用商標は、その構成におけるの部分から「ヒシヤマイシ」または「ヤマイシ」の称呼、観念が生じ、図形の部分から「エチゴジシ」(越後獅子)の称呼、観念が生ずるものというべきであるのみならじ、引用商標の全体を観察すると、の表示が小さいのに対し「越後獅子」の図形が顕著に表わされているため、「越後獅子」の周知性と相挨つて、取引者、需要者が、むしろその図形の部分に最も注目し、これから生じる称呼、観念のみをもつて取引する可能性が少なくないものと考えられる。

2  原告は、引用商標の構成中、「越後味噌」が本来の商標(商標の要部)であつて、獅子舞の図形には特別顕著性がなく、単なる付加付飾的、意匠的なものにすぎない旨を主張し、その理由として、引用商標が別紙その三の構成にかかる登録商標と連合商標の関係にあることを挙げる。そして、右登録商標は、なるほど引用商標の構成中に類似したを標章としているが、仮に右両商標が連合商標であるとしても、元来ある商標の特別顕著性の有無はその標章自体の取引者、需要者に対する商品出所の指標力の問題であるから、引用商標の構成の一部が連合商標の標章と類似しているというだけで、その余の部分の特別顕著性まで否定すべきいわれはない。したがつて、引用商標の図形部分の特別顕著性に関する前段説示を覆して、原告の右主張を採用することはできない。

また、原告は、引用商標における図形は現に商品の包装紙及びレツテルに付加付飾的態様で使用された装飾的効果(意匠的機能)を果しているが、商品取引上、「越後獅子」と離れ独立の標識として役立たず、仮にこれにより「エチゴジシ」を想起させても、包装紙、レツテル上の模様に対する認識に止まる旨を主張し、〈証拠〉によると、引用商標における越後獅子の図形には意匠的美感を伴うことが認められるが、そのことによつて当然に右図形の商標における特別顕著性が失われ、したがつて、右図形から想起される「エチゴジシ」が単なる模様に対する認識に止まるものとは考えることができない。

3  なお、原告は文字及び図形の結合からなる先願商標における図形と称呼、観念を共通にする文字からなる後願商標が登録された例があると主張するが、甲第四ないし第九号証をもつてしても、原告主張の登録例が原告主張のように文字及び図形からなる商標における図形には特別顕著性がないとする考え方に立脚するものと認めることはできない。

4  そして、一方、本件商標は、毛筆体で書かれた「越後獅子」の文字から「エチゴジシ」(越後獅子)の称呼、観念を生じることが明らかであつて、引用商標とは「エチゴジシ」(越後獅子)の称呼、観念を共にする類似の商標というべきであるから、両商標に称呼、観念上の類似性がないとし、これを前程に審決の判断に誤りがあるとする原告の主張は失当というほかはない。〈以下、省略〉

(駒田駿太郎 石井敬二郎 橋本攻)

〈別紙〉

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